大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)502号 判決

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人および弁護人高芝利徳の各上告趣意について。

第一審判決挙示の証拠によれば、被告人は、昭和二七年八月五日朝広島県豊田郡a村鮴崎港に停泊中の松鷹丸におもむき、同船機関長Aとの間に、同船が沖縄から積んできた貨物の一部で右Aらが窃取したものである鉄屑約四一〇貫の買受を約し、乗つていつた伝馬船にこれを積みこみ、Aも同船して、同港の岸壁にいたり、これを陸揚(税関の免許を受けないで)のうえ、代金を三万円と決定して右金額の交付を受けた事実を認めることができる。

そして、記録によると、被告人は、以上の事実のうち無免許輸入(関税法違反)の点について、昭和二七年八月二一日附で神戸税関長の通告処分を受け、同年一〇月これを履行していることが認められる(一二一、一二二丁)。

しかし、旧関税法(昭和二九・四・二法律六一号―〃・七・一施行―による全面改正前のもの)九六条が、「犯則者通告ノ旨ヲ履行シタルトキハ同一事件ニ付訴ヲ受クルコトナシ」と定め、新関税法(前記全面改正後のもの)一三八条四項が、「犯則者は、第一項の通告の旨を履行した場合においては、同一事件について公訴を提起されない。」と定めているのは確定判決を経たのと同一の効力(刑訴三三七条一号)を認める趣旨ではなく、従つて、(イ)これに違反して公訴が提起された場合は、免訴の判決ではなく、公訴棄却の判決(同三三八条四号)がなされるのであり、また、(ロ)「同一事件」というのは、科刑上の一罪関係にある他の罪を含まず、右他の罪については訴追が可能なものと解するを相当とする。

そうであるとすれば、かりに本件の賍物故買罪と前記関税法違反罪とが一所為数法の関係にあるとしても、右賍物故買の事実につき実体裁判をした第一審判決およびこれを支持した原判決にはなんら違法がないことになる。

のみならず、本件の賍物故買罪と関税法違反罪とは一所為数法の関係にないものと認められる。なぜなら、賍物故買罪は、犯人が情を知つて賍物の買受を約しその引渡を受けさえすれば、その物の数量・代金額につき具体的なとりきめがなくても、既遂となるのであり、他方旧関税法七六条の無免許輸入罪は、海上では陸揚行為の着手のときに、その実行の着手がはじまるものと解すべきであるから、本件の場合、賍物故買罪は鉄屑を伝馬に積みこんだときに既遂となり、関税法違反罪は伝馬を岸壁に向つて漕ぎ進めたときに実行に着手したものであつて、両罪の構成要件のわく内にはいる行為は、接近してはいるが、重なりあつてはいないゆえである。そして、鉄屑買受行為は、あきらかに関税法違反罪の予備行為であるが、単に、ある犯罪が他の犯罪の予備行為の意味をもつからといつて、両者を一所為数法にあたるとすることは、後者の予備罪が罰せられる場合であるかどうかを問わず、正しくないからである。

被告人の論旨は原判決が一事不再理の原則に反するといい、高芝弁護人は憲法三九条後段に違反すると主張するけれども、以上説明したところによつて、いずれもその主張の前提を失い理由なきことが明らかであろう。

なお記録を調べてみても刑訴四一一を適用すべき事由は認められない。

よつて同四〇八条、一八一条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例